まえがき:人間は自閉症のサルなのか
前著「高知能者のコミュニケーショントラブル - IQが20違うと会話が通じない」は、おかげさまで出版以来1年3ヶ月が経っても好評を博しています。
読者レビューや感想などを読んでみると、高知能者たちが悩み、苦しみ、擬態せざるを得なかったことを改めて思い知りました。私としてもこれまでは書いたものを「褒められた」経験はあるのですが、これほど「感謝された」経験は初めてだと思います。そのような人々に少しばかりの光明を見せることができたのであれば、執筆した甲斐があったというものです。
さてその続編となる本書では、高知能者が持つ「普通と違う感覚」に焦点を当ててみました。たとえば「文字や数字に色・音・匂いがあると感じる」共感覚というものがあります。これは極端な例ですが、他人と違う感覚を持っているのであれば世界の見え方や考え方、あるいは他人との付き合い方が全く違うようになってもおかしくありません。そのような人々は、教育法や職業選択やライフスタイルまで変わって来るはずなのです。
しかしこのことを調べてゆくうちに、その特殊な感覚は自閉症などの発達障害と共通する部分が多いことに気が付きました。
「アスペルガー症候群」の語源となったオーストリアの医師ハンス・アスペルガーも、同じことに気付いたひとりでした。彼は自閉症者が極めて高い集中力や視覚優位の性質を持ち、「分析的思考力」「論理的推論」「パターン認識」「芸術的才能」に溢れていることに気付きました。それらの素質・技能・態度・能力をまとめて「自閉的知能」と命名し、自閉症者が人類の歴史の中で果たした貢献は正当に評価されてこなかったと主張しました。
しかしよくよく考えて見ると、我々は程度の差こそあれ野生動物に比べたらみな自閉的です。そうでなければ小学生のうちから全員おとなしく椅子に座って授業を受け、ノートを取ったり絵を描いたりは出来ないでしょう。
そのことを思うと私は
そもそも人類は自閉的知能が高すぎて群れから追い出されたか、自分から出て行ったチンパンジーではないのか?
と考えてしまうのです。
人類は科学技術・芸術・社会制度などを発展させ、いまや世界人口が77億人に達するほどの繁栄を謳歌しています。しかし同じ霊長目ヒト科の仲間であるチンパンジー・ゴリラ・オランウータンなどは絶滅が危惧されています。その差を決定づけたものがこの自閉的知能ではないかと思うのです。
本書は「自閉的な性質は悪いことではない。むしろ配合具合によっては現代社会においてかなり有利な特徴である」という考えに基づいて書いています。
現代社会では、適度な自閉的知能を持っている人々にとってますます有利な方向に進んでいます。その特徴である「高い記憶力」「科学技術や芸術のセンス」「過集中」「視覚優位」などの能力を生かせば、文明社会で良い地位を占める可能性が高くなるからです。
一方でこの性質は、強ければ強いほど良いというものでもありません。それと引き換えに「人の気持ちがわからなかったり」「失礼なことばかり言ってしまったり」「コミュニケーションが苦手だったり」「同じことを繰り返したり」「こだわりが強すぎたり」「パニック起こしたり」などの問題が発生するからです。この症状が強くて通常の生活が送れなくなると自閉症と呼ばれます。また睡眠障害・知的障害・ADHD・不安障害などの併存疾患にかかる確率も高くなります。
「人類は自閉的知能を持ったサル」と考えるのであれば、ヒトの群れの中で自閉っぽさが強すぎても弱すぎても違った悩みが発生するでしょう。我々はみな「自閉的なサル」にしか過ぎないのに、平均から外れた者に対して「あいつは自閉が過ぎる」「あいつは自閉的知能が足りない」と異端視しているだけなのかもしれません。しかし我々はお互いに、遺伝子という「天の配剤」が少し違っただけの「そうであったかもしれない自分自身」なのです。
近年、「自閉症は遺伝的性質であり治療するような性質のものではない」と言われるようになりました。そして自閉的知能が文明の発展に貢献してきたことを研究でとりあげ、その性質を前向きに考える人々も増えました。ただそう思えるのは自閉がごく軽い人に限った話で、重篤な症状を抱える本人や家族にとっては能天気な絵空事にしか思えなかったことでしょう。しかし最近は研究が急ピッチで進んでおり、自閉症治療への可能性も少しずつ見えてきています。
これまで人類のうち一部の家系は、そのように生存能力の凹凸(おうとつ)を補いながら生き延びてきたのではないかと考えます。一族の中で飛び抜けた知能や異能を持つ者が時々にでも現れたら、その一族は栄える可能性が高くなります。たとえその能力と引き換えに重篤な障害を抱えるリスクがあったとしても、一族全体としてはカバーすることができたのです。その結果、今でも自閉的高知能者を生み出す一族が存在しているのでしょう。
そのメカニズムは人類全体にも言えます。周囲とは変わった遺伝子が少しだけ混ざっていた方が、グループ全体として多様性が確保され繁栄する確率が高まるのです。
すると自閉に限らずですが、発達障害の人々に対してその「異能」を生かせるように周囲でサポートしたほうが良いということになります。生まれつき苦手なことをやらせようとするより、そちらのほうが生産的だからです。
この考え方はニューロダイバーシティ(神経学的多様性)と呼ばれ、世界で急速に広がりつつあります。一部の国では教育や雇用にその考え方を取り入れ始めました。しかし日本は「多様性重視」の掛け声とは裏腹に、「空気が読めない人」や「コミュ障」を排除してその流れに逆行しているようにも見えます。
もともと日本人の変人ポテンシャル=自閉的知能は世界トップレベルです。これまで文明の発展に寄与してきたことを密かに誇り、PCやネットによって能力をさらに生かせる環境になったことを喜びましょう。発達障害っぽい仲間は世界中に大勢いて、あなたが人生を豊かに過ごすことを一緒に願っているのです。また世界が急速にそのような方向に向かっていることは、自閉的でない高知能者たちにとっても参考になると思います。
今回は執筆に使った資料等をウェブページにまとめました。
出典や根拠を確認したいときや、追加情報を入手したいときにご覧ください。
参考資料等ポータルサイト_高知能者のコミュニケーショントラブル2
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