スポンサードリンク

pt>

2020年7月8日水曜日

「完璧を目指すよりまず終わらせろ」マーク・ザッカーバーグの至言


 
「完璧を目指すよりまず終わらせろ」
 Done is better than perfect

とはマーク・ザッカーバーグ氏の言葉で、Facebook社の壁に貼られているそうです。

私は最近いろいろと先延ばししてしまっていたので、この言葉が心に突き刺さりました。

全くその通り。最初から完璧なものはできないし、始めなければ終わりません。面倒だと思って先延ばしすると焦りや自己嫌悪まで重なって、手を付けるのがますます億劫になってしまうんですよね。

逆にとりあえず始めてみると楽しくなったり、やる気が出て来たり、工夫しようと頭を使います。意外とすんなり終わったりして、拍子抜けすることがあります。まさに「案ずるより産むが易し」です。


ということで、その言葉が毎日イヤでも目に入るようにまずはPCの壁紙をすべてザッカーバーグ氏と冒頭の言葉に変えてしまいました。




「まるでキ〇ガイやな」と自分でも思います。

しかし、これで先延ばしの癖が少しでも良くなれば儲けもの。

しばらくザッカーバーグ氏に「叱咤激励」されながら、やるべきことを片付けて行こうと思います。

(終)

2020年6月27日土曜日

知恵の実遺伝子(ARHGAP11B)の話




いつも興味深い話題を提供してくれるサイト「ナゾロジー」。

そこに興味深い話がありました。

ヒトと99%遺伝子が一致するチンパンジーにはなく、ヒトだけが持つARHGAP11B遺伝子

これを直接チンパンジーの受精卵に組み込んだところ、「サル胎児の脳が肥大してヒト化した」というのです。

つまりこれが「知恵の実の遺伝子」ではないか、というのです。

==========================
ヒトの脳を進化させた「知恵の実」遺伝子が、サルの脳を巨大化させると判明
ナゾロジー technology 2020/06/19
https://nazology.net/archives/62854https://nazology.net/archives/62854
--------------------------
    ヒトだけに存在する遺伝子をサル受精卵に組み込んだ結果、サル胎児の脳が肥大しヒト化した
    ARHGAP11B遺伝子は「知恵の実の遺伝子」である可能性がある
    人類の先祖もARHGAP11B遺伝子を得たことで、ヒトへの進化がはじまった

チンパンジーの遺伝子は人間と99%一致していることが知られていますが、ヒトの脳はチンパンジーよりも3倍大きく、構造にもかなりの違いがあります。(略)

ARHGAP11Bと呼ばれる遺伝子だけは、どのサルにもなく、ヒトのみにあったのです。

そこで日本とドイツの研究者は、この異端であるARHGAP11B遺伝子こそがサルとヒトを隔てる決定的な違いであると考え、この「知恵の実」とも言うべき遺伝子を、サルの受精卵に組み込み、どんな脳を持つサルが生まれてくるかを待ちました。

結果は……研究者たちの予想を超えたものになりました。

受精から100日が経過したサル胎児の脳は、通常の胎児に比べて大脳新皮質が2倍の厚さになり、脳細胞を生成する幹細胞の数も大幅に増加したのです。

さらに変化は単純な大きさや細胞数の増量に留まりませんでした。

この時期のサル胎児にはみられないシワ構造が現れはじめ、増加した細胞をヒトの脳のように効率的に折りたたんで収納しようとしはじめたのです。

また脳のミクロな構造を調べた結果、上層部の細胞数が劇的に増加しており、脳の細かな部分もヒト化していることが判明。

受精から100日後「知恵の実の遺伝子」を組み込んだサル胎児は、最もヒトに近い生物になりはじめていました。

このとき研究者は「このまま子供を出産させるか、中絶させるか」の決断に迫られました。(略)
==========================



遺伝子解析によると、ARHGAP11B遺伝子の原型はヒトとチンパンジーが枝分かれした500万年前に出現したとのこと。

しかし約150-50万年前に単一塩基の置換(シトシンからグアニンへ)が起こり、現在のARHGAP11Bが誕生したそうです。

つまり二段ロケット方式でサルからヒトへの進化を加速させた、ということですね。

すると私が「高知能者のコミュニケーショントラブル2」に書いているようなネオ人類の登場も、全く荒唐無稽な話ではないということになります。

何かの拍子に知能が発達した人類が登場すれば、長い時間をかけてホモサピエンスにとって代わってゆくのかもしれません。

==========================
遺伝解析により、ARHGAP11B遺伝子の原型(旧ARHGAP11B)はヒトとチンパンジーが枝分かれした500万年前に出現したと考えられます。

この時点の旧ARHGAP11Bは「知恵の実の遺伝子」としてはまだ不完全であり、現在の私たち人間がもっているものとは異なります。

しかし約150~50万年前、さらに単一塩基の置換(シトシンからグアニンへ)が起こり、リーディングフレームがシフトして47の新たなアミノ酸配列が生じ、現在のARHGAP11Bが誕生しました。

私たちホモ・サピエンスの登場はおよそ40万年前と考えられており、150~50万年前に起きたARHGAP11Bの変異は、上の図のように、脳容量を爆発的に増加させ、人間を人間らしくする最後の一押しになった可能性があります。(略)
==========================



そしてこの遺伝子は「知的障害」「統合失調症」「てんかん」などを引き起こすそうです。

「大きすぎる脳は自閉症を含む様々な神経障害や行動障害を発生させる要因になる」とも書いています。

やはり知能(≒大脳)を発達させたことの代償という面があるんですね。

==========================
(略)近年の研究によって、ARHGAP11B遺伝子は、先天的な「知的障害」「統合失調症」「てんかん」などを引き起こすことが知られています。

ARHGAP11B遺伝子は人間の頭部を巨大化(巨頭化)させましたが、大きすぎる脳は自閉症を含む様々な神経障害や行動障害を発生させる要因になりました。

ですが今後、ARHGAP11B遺伝子に関する研究が進めば、脳障害に対する新しい種類の治療薬の開発につながると期待されます。(略)
==========================



ということで、発達障害と呼ばれる人々はある意味「人類のフロントランナー」かもしれないわけですよ。

先走り過ぎて生き辛いかもしれませんけど。

それを自覚した上で、社会とうまく付き合う方法を模索して行きたいですね。

(終)

2019年12月27日金曜日

高知能者のコミュニケーショントラブル2:第8章 第8節 日本は自閉文化大国

第8章 ネットで広がる自閉的知能の生存空間

第8節 日本は自閉文化大国


(略)

 そういう視点で見ると、心当たりがたくさんあります。

 鳥獣戯画(12-13世紀)は動物を主人公としたマンガの先駆者でした。

 葛飾北斎(1760-1849年)はきわめて自閉的な性格をうかがわせる業績を残しています。彼が残した「略画早指南(りゃくがはやおしえ)」という絵の教本を見ると、円形・三角形・台形などをベースとした幾何学的な下絵が横に並べてあります。有名な「神奈川沖浪裏」にある波の図は、きれいなフィボナッチ数列が使われているとか。権力に興味がなく死ぬまで絵を描き続けたことも自閉っぽいですね。そして彼は晩年、「鉄棒ぬらぬら」というペンネームで春画を描いています。「どんなオッサンやねん!」とツッコミたくなるほど、向上心や好奇心に溢れた人だったのでしょう。

 歌川国芳(1798-1861年)はタヌキが自分の金〇で漁をしたり、船や傘や看板や暖房器具の代わりに自分の〇玉を使うというシュールな浮世絵を描いています。気になる方は参考資料集のウェブサイトにリンクを貼り付けておきますので、後で確認してください。


 つまり日本には昔から、このような作品を「創る人」「鑑賞する人」「カネを払う人」「保護する人」たちが揃っていたのです。きっと縄文時代にも土偶フィギュアをハアハア言いながら作っていたご先祖様がいたのでしょう。

 我々はそのような文化で育っているため、それらの作品や環境が当たり前だと思い込んでいます。しかし海外から見るとかなりショッキングなようで、海外のサイトで話題になってから日本に伝わってきたりします。

 やはりこれも日本人が当たり前だと思っていたことが海外で話題となり、日本で「再発見」されるパターンなのだと思います。

高知能者のコミュニケーショントラブル2:第7章 第3節 再現性・客観性・普遍性にこだわる

第7章 再現性の宗教=科学へのこだわり

 第3節 再現性・客観性・普遍性にこだわる



 自閉っぽい人々は、「機械的な動き」や「規則的な動き」が大好きです。

  • 条件を同じにすれば、その現象は間違いなく再現できるのか
  • 誰がやっても同じ結果になるのか
  • その現象が起こる原理は何か

 もしこの世に「真理」があるとするのなら、前提さえ同じであれば誰がやっても同じように動き、同じ結果にならなければなりません。つまり再現性客観性普遍性が必要だと考えます。それが彼らにとっての「神」であり、「宗教」なのです。

 自閉的知能を持つ人々の以下のような性質が、長い年月の間に科学技術を発展させました。そして今ではまるで魔法のような道具を、みな当たり前のように毎日使っているのです。


  • 自分の社会的地位や他人からの評価に興味がなく、論理や法則を探す性質がある。
  • 「結果がどうなったか」より、「なぜそうなったか」に興味がある
  • 定義や前提にこだわり、再現性や反証可能性を要求する。
  • 視覚優位で、本の虫で、過集中の「ゾーン」に入ると周りが見えなくなる。
  • 信仰心はそれなりにあるが、宗教をあまり信じない。


 科学者がすべて自閉的だとまでは言いません。しかしこれらの要素が皆無であれば、科学者として何かを成し遂げることは難しいのではないかと思います。

 自閉っぽい人々は社会の中でも少数派ではありましたが、科学技術をリードしてきたために人類の遺伝子プールのなかで淘汰されることなく生き延びることができました。そして少しずつ、人類全体を「自閉側」に引っ張ってきたのでしょう。その自閉的知能こそが他の野生動物との大きな違いであり、人類の繁栄を決定づけて来たのだと私は思います。そして今や人類はそれを自覚して、その能力を積極的に生かすことを考え始めたのです。

自閉っぽいから「障害」とは限らない。
むしろ現代では、高度な技術や知識を先導する素晴らしい素質だと言える。
それを周囲が理解しながら育て、適切な職業を選べば、社会を支える大きな戦力になる。


高知能者のコミュニケーショントラブル2:第5章 第2節 医師アスペルガーはASDを才能と見ていた

第5章 科学や芸術に貢献し続けた「自閉的知能」


 第2節 医師アスペルガーはASDを才能と見ていた



 オーストリアの医師ハンス・アスペルガーは、社会改革者でもあったエルヴィン・レーザーが開いた診療所の小児科で働き始めました。レーザーはたとえ反抗的で気難しい子供であっても、その中に潜在的な資質を見出す能力を持っていました。子供たちを「患者」ではなく、将来の「パン職人」「教授」「エンジニア」として見ていました。

 そこでの診療は集中観察と呼ばれるもので、子供の日常生活や遊びをつぶさに観察することでした。体系的な理論はなく職人芸的なものではありましたが、「子供の生まれ持った能力や変えられる部分、異常行動の原因を明らかにして、どうすることがその子の幸せにつながり家庭や社会の中で居場所を見つけることができるのか、そしてその子の夢を実現させる方法を発見すること」を目指していました。


 アスペルガーたちは10年間に「不器用だが知能は早熟で」「規則性やスケジュールに魅了される」など類似の特徴を持つ200人以上の子供を診察しました。その子たちには神童と呼ばれていても反抗的で退学になっていたり、服を着たり風呂に入ったり歯を磨いたりなどの生活習慣を身につけられなかったり、スポーツの技能が劣るために笑われたりなどの特徴がありました。

 彼らは矛盾に満ちた存在でした。ませているのに子供っぽく、洗練されているようで世間知らずであり、不器用だが礼儀正しく、言葉の音楽的側面に敏感でありながら相互的な言葉のやりとりのタイミングには鈍感でした。これは「かならずしも珍しいわけではない」にもかかわらず、今まで見落とされてきたパターンの障害であるとアスペルガーは考えました。

 「自分の目的を断固として追い求める反面、他人からどう見られるかということには無関心だった」「あらゆることにおいて外部世界とは無関係に、自らの衝動と関心に従う」

 アスペルガーには自閉症が遺伝的なものであることがわかっていました。「どんな症例でも両親や親戚のだれかと共通の特質をもった人間をみつけることができた」からです。また「彼らは周囲の世界について驚くほど大量の情報を理解し、処理している」として自閉症者が他者からの視線を意図的に避けているわけではないことにも気づいていました。

 またアスペルガーは自閉症者の科学の才能に着目しました。「観察の際に本質を見抜く独特な目を持っている。事実を体系的に整理し、難しい作業であっても自分の理論を作り上げてゆく」。「アスペルガーは1950年代に宇宙探索が始まると、宇宙船のデザイナーはみんな自閉症の人たちなのだと主張するようになった。」「権力へのあからさまな無関心が、科学者にとって不可欠な無神論に行き着く」「自閉症の子供たちは身の回りの物や出来事を、しばしば新しい視点から見る能力を持っている。」「例えば、抽象化の能力は、科学的な試みには必要不可欠である」なとど記述されています。

 アスペルガーはこうした自閉症者特有の素質・技能・態度・能力をまとめて「自閉的知能」と命名し、自閉症者が人類の歴史の中で果たした貢献は正当に評価されてこなかったと主張しました。


 ただしアスペルガーは、自閉症を手放しで礼賛していたわけではありません。「残念なことに多くの症例では、障害であることによるプラスの面がマイナスの面を上回ることはない」と認めています。「学校の成績は芳しくなく、自分の身なりに構わず、道で知人とすれ違っても全然気づかない子供」が名門大学で准教授のポストを得たあとであっても、彼のふるまいがまだ「非常にがさつであった」と記しているほどです。

 ASDの子供は他人と距離を置いているため、子供同士を競わせるようなやり方は通用しないとアスペルガーは学んだようです。その代わり彼らは論理性・普遍の法則・客観的な本質を探し求めるとのこと。自分の興味を追い求めたいという衝動に突き動かされ、自分のために学習します。先生や他の生徒にどう思われているかには興味がなく、褒め言葉も効果がありません。アスペルガーの見立てによると、ASDの子供たちにとって最適な先生とは

みなと同じことを強要せず、
不完全なまま受け入れてくれる人物

であるとのことでした。「要するに、教師自らが『自閉症的』にならなければならない」とまで書いたようです。

(これは日本で名門校ほど校則が緩く、生徒の自主性に任せる「放牧型教育」が多いことに通じているような気がします。また前著にも書いたように、そのような学校には「お仲間」である発達障害っぽい先生方がゴロゴロしています。やはり高知能者にとって楽園なのです)

(略)

高知能者のコミュニケーショントラブル2:第3章 第6節 アスペだから知能指数が高いわけではないが


第3章 高知能者と自閉症 

第6節 アスペだから知能指数が高いわけではないが





(略)

 そして130以上の絶対的高知能者の領域に着目すると、アスペルガー症候群の子供の比率が上回っている領域すらあります。つまり

アスペルガー症候群の子供の知能は平均すれば低いかもしれないが、分布が広いために「知能が高い子供を集めたらアスペルガー症候群の比率がどんどん高くなる」可能性はある

 ということです。


 すると日本では、難関大学になるほどアスペ比率が高くなる現象も不思議ではありません。興味や目標が『学ぶこと』のほうに『たまたま』一致した自閉っぽい子供たちは、高い記憶力や集中力を生かして試験でハイスコアを叩き出すでしょう。そして本人たちは、それほど努力や苦労をした覚えはないはずです。本人や家族すら気付いていない「隠れアスペ」「プチ自閉」まで含めると、かなりの比率になるのではないでしょうか。

 ただしその後は自分の特性を生かした職種や職場を選ばないと、みなが普通にできていることができないという悩みに直面してしまうわけです。


 一方で標準偏差が大きいということは、知能的に全く恵まれない子供たちも正規分布の反対側に多く存在しているはずです。それは図表 11の左側を見ても容易に想像できるでしょう。

 しかしその場合はおそらく他の併存疾患などがあり、「知能や言語の遅れがない」というアスペルガー症候群の定義から外れてしまうのかもしれません。やはり自閉的な性質が強すぎると、様々なリスクが高くなってしまうのだと感じます。


高知能者のコミュニケーショントラブル2:第1章 第1節 そもそも、誰の説なのか?

第1章 やはり、「下から上は理解できない」

 第1節 そもそも、誰の説なのか?


 この章では、前著で書き損ねたことをフォローします。少しズレた話題も押し込んでありますがご容赦ください。

 「IQが20違うと会話が通じない」

 という説は、もちろん私が言い出した言葉ではありません。

 検索すると、2015年あたりからその俗説が広まって盛り上がっていたような感じです。単なる書き込みだけなら2007年のものがあります。


 英語も含めて検索すると、「IQ30のコミュニケーションレンジ (30 IQ point communication range) 」という言葉が出て来ます。知能指数が20の違いではなく、30の違いということのようです。

 さらに遡ると、もともとレタ・ホリングワース(Leta Hollingworth 1886-1939)という心理学者が、1926年に以下のような研究結果を発表したと書かれています。ただしホリングワース自身はそのときコミュニケーションレンジという言葉を使わなかったのですが、1987年に別の人が名付けたようです。

  • 同年代の子供たちの間でリーダーになるには、他の子供よりIQが高くなくてはならない
  • しかし30以上高すぎるとコミュニケーションがうまく行かず、リーダーにもなれないし尊敬もされない

 なんと90年以上前の、子供のリーダーシップに関する研究が元ネタだったのですね。

 しかし人間の行動(特に集団心理)は大昔からそれほど変わっていませんし、子供と大人でリーダーシップやコミュニケーションの本質が大きく変わるとは思いません。

 古い研究でありながら、今なお通用する真理ではないかと思います。


 さて、前作で私が研究や仮説などのソースを示さないことが気になっていた方々もいると思います。ちゃんとした著作や論文を読み慣れている人は、なおさらそう感じたことでしょう。

 それはまさに正論で、著作の参考文献やリンクは書物に明示すべきなのです。しかし以下の理由により、正確さや厳密さに欠けたことは否めません。


  • 前作は一刻も早く世に出さなくてはならないと考えた。
     
  • 参考にしたサイトがあまりにも面白く、寄り道が長くなると全体像が頭に入りにくくなる。それよりもまずは読みやすさ、わかりやすさを優先した。
     
  • アマゾンKDPのルール上、どこまで外部リンクして良いものか判断できなかった。あまりにもリンクが多くなると、出版を拒否されるのではないかと危惧した。
     
  • 参考にしたサイトが又聞きやコピペかもしれず、それがオリジナルであるというところまで調査が至らなかった。


 今回はその反省に立ち、参考にさせてもらった論文・書籍・サイトをまとめたポータルサイトを作成しました。本書を読みながらでも参考にしてください。ただしどの記事も興味深いので、深入りしすぎて人生を台無しにしないようお気をつけください。