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2021年4月1日木曜日

地方出身親のための中学・大学受験 第15章 第3節 チャンスも増えるが、労力はさらに増える

 (略)

そして大学入試改革は、その「日本企業の採用基準に近いもの」を大学入学に必要な学力であると定義したわけです。確かに2つのフィルターだけでは測れない能力もあるはずなので、(1)(2)(3)のようにちゃんと定義したことは良いことだと私は思います。

しかしそれを大学入学の基準として採用するのであれば、高校生も、その親も、高校も、大学も、凄まじい労力を費やしてお互いを見極めなくてはなりません。

つまり

これからの高校生は「単に勉強するだけ」では足りず、大学への「就職活動」を同時並行で行わなくてはならない。逆に大学も「採用活動」に手を抜けない。

ということになります。


これは間違いなく、優秀な学生を求めている大学にとってはチャンスとなります。というのもペーパーテスト一発だと、どうしても目的意識が弱かったり、自発的でなかったり、周囲とうまくやれない学生が混ざってしまいます。しかしこの方法なら大学側が事前に見極めることができて、「これだ!」と思う生徒を一本釣りすることもできます。

その代わり、「受験という意味での学力」は今までよりもどうしても落ちるでしょう。というのも学力は受験直前の数か月で特に伸びることが多いのですが、その成長機会を失うからです。また受験生だからと勉強だけしているわけには行かず、ポートフォリオ映(ば)えするような活動を意識して行わなければなりません。大学としてはたとえ学力が低下してしまっても、それを補って余りある将来性を持った学生を入学させれば良いのです。

ただし「そのような理想通りに行くのか?」という疑問は残ります。単に「自己アピールだけが得意で、学力や思考力に欠ける学生ばかり集めてしまった」というオチが見えているような気がします。

特に大きな問題は、誰がその選別を行うかということです。入学を決定する人物や部署はその大学の将来を握っており、考えようによっては単に科目を教えるよりも重責を担っています。その仕事を片手間で行うのは無理ですし、いい加減な「採用」をしていたら大学があっという間に没落します。権限が強いポジションだけに、強い誘惑や圧力がかかることもあるでしょう。各大学は生き残りを賭けて、企業の採用活動にほぼ等しいことを継続的に行わなくてはならないということです。


一方この制度は、積極的な学生にとってチャンスが広がることを意味します。目指す大学があればまずは推薦AOにチャレンジし、それがダメでも一般受験で再チャレンジできます。また志望理由を考えてそれに向けた準備をするうちに、人生について考えたり自分を知る機会も増えます。学校で漠然と「何に使うかわからない知識」を詰め込まれるより、自発的に勉強するようになるかもしれません。

ただし問題は、「それを高校生に自分だけでやらせるのか?」ということです。勉強の片手間に自分で進路を考え、そのための調査や作業をサクサクこなす高校生はごく稀でしょう。すると結局は親や学校やコンサルが手伝うことになり、その準備を中学から始めないとならないかもしれないのです。


これまで高校での進路指導は「XX大を受けたいです」「いいと思うよ。だったらコレもやっときな」ぐらいで終わっていました。親も同じです。なぜなら「高校では友人と楽しみながら基本となる知識を拡げるだけでいい。本格的に進路を決めるのは大学に入ってから」という意識が強かったからです。

しかし高校の先生方は今後、それに加えて推薦AOで「採用」されるための活動を助言したり、生徒のポートフォリオを確認する作業に追われるでしょう。

親も同じで、子供の大学進学にはなるべく力を添えてあげたいと思うはず。入試一発勝負ならほとんど子供の学力任せですが、推薦AOなら親の力が介在する余地が大きくなります。すると「子供の学力」という局地戦に留まらず、「親のカネ・コネ・権力まで動員した総力戦」になることを意味します。

一般入試は子供の学力勝負の「局地戦」だが、推薦AO入試は親・学校・塾・コンサルまで巻き込んだ「総力戦」になる

(略)

地方出身親のための中学・大学受験 第14章 第6節 「学歴フィルター」の信頼性は下がる

 (略)

これまで日本企業の採用活動においては

「学歴フィルター×体育会フィルター」 

という基準が良く機能していたように思えます。

「学歴フィルター」で最低限の知識や潜在能力を確保し、「体育会フィルター」で目的意識・根性・礼儀・上下関係など組織人として必要な素質を持っていることが期待できたからです。

しかしこのうち「学歴フィルター」が効かなくなるとすれば、各企業ともそれに代わるものを探さなくてはならないのかもしれません。たとえばある程度の学力を要求する仕事では、採用時に高校名を参考にするようになったとも聞きます。大学名はもはや学歴フィルターとしては当てにならなくなってきたということです。

 (略)



地方出身親のための中学・大学受験 第9章 第5節 学力分布は男が広く、女は狭い

(略)

 さて難関校になるほど男子の比率が上がる理由は、「受験科目そのものが男に有利」という以外にもうひとつあると私は考えています。それは

男子の方が学力のばらつき(標準偏差)が大きい

ということです。

学力偏差値で言うと、全体の標準偏差は10になるはずです。しかし実は男子の標準偏差はそれよりも大きくたとえば12ぐらい、女子はそれよりも小さくて8ぐらいではないかと思うのです。その分布をイメージで示すと図表 20のようになります。


図表 20: 男子の学力差は激しい(=分布が広い)

 


おそらく男子の方が学力のばらつきが大きく、この図で示すようにピンからキリまでの差が開いています。だから上位校に行けば行くほど男子の比率が増えるわけです。

しかし女子は平均近くに多く固まっているため、そこから平均に近づくにしたがって女子比率が高くなります。おそらく上位6-7割(偏差値47-44ぐらいよりも上)を取れば、女子の比率がかなり高くなるでしょう。これは大学進学率が3割程度だった時代には男子学生が多かったのに、5割に近づいたあたりから女子学生のほうが多くなったという歴史的事実と整合的です。

あるサイトでは簡易モデルを使ってこれを計算しており、「男女同数になるのは上位27.4%」「上位50%ではすでに56対44で女子の方が多い」と結論づけていました。また「知能は測れるのか - IQ討論 (アイゼンク・ケイミン1985年) という本には、これとほぼ同じ男女の知能分布が描いてあったそうです。もちろん何のデータを使うかによって多少のズレはあると思いますが、おおむね我々の経験則や図表 20と近いのではないでしょうか。

(略)

地方出身親のための中学・大学受験 第6章 第1節 数学は若い方が有利な「徹底した積み上げの学問」

(略)

 おそらく小学校で、いや人生で最も大きな数学的ハードルは分数ではないかと思います。これが理解できないと比・割合・速さをはじめ、それ以降の数学的な学習はほぼ不可能となります。「最近の大学生は分数ができないので大学に入る前に補習を行っている」と聞きますが、それも不思議ではありません。世の中の「数学嫌い」のほとんどは、そもそも分数からして理解できていないことが原因なのではないかと私は思います。

分数をナメるな!

みんな分かった気になっているだけで、実はわかってないやつが多いんだぞ!

しかし本人たちは「自分は分数がわかっていない」と自覚してはいません。小学校のレベルでは、公式をあてはめるだけで解けてしまう問題が多いからです。また教えるほうも、自分が教えている相手がまさか分数を理解できていないとは思っていません。基本はわかっているのに応用が苦手なのだと思い込んだまま、「比が弱い」「割合が弱い」「速さが弱い」などと表面化した部分だけで判断してしまいます。

しかし実は逆です。分数が理解できていないから、比も割合も速さも理解できないのです。

このように算数は、ひとつの単元が理解できないとその先の学習がほぼすべて無駄になってしまいます。図表 13の学習曲線イメージで言えば、真ん中あたりの急上昇カーブに乗れないのです。すると「わからないから嫌い → 嫌いだからやらない → やらないからわからない」という負のスパイラルが発生し、「数学を回避した人生」を選択せざるを得なくなります。

(略)



地方出身親のための中学・大学受験 第4章 第5節 中学受験の偏差値は低く出る

 (略)

首都圏では2015年以降、中学受験する児童の比率が増え、2019年には14%程度になったと推定されています。これらの児童はおそらく、それぞれの小学校で上位2割には入っているでしょう。母集団のレベルが高いため、かなりの難関校でも偏差値が低めに出るのです。

中学受験をする時点で、その児童の学力は同学年の上位2割に入っている可能性が高い

それに対して高校は、高校入試のない中高一貫以外ほぼすべての中学生が受験します。そこには勉強があまり得意でない生徒も母集団に含まれるため、難関校の偏差値が一気に跳ね上がります。たとえば中学受験では偏差値50ぐらいだった学校が、高校から入ろうとすると65以上になるような現象がざらに起きます。

 (略)

したがって難関校の偏差値は中学受験が最も低く、次が大学、そして高校受験が最も高くなる傾向があります。

同世代の中で同じ順位でも、受験偏差値は次のような順序になる

中学 < 大学 < 高校


これを図で説明しましょう(図表 11)。かなり大雑把な説明ですがご容赦ください。

図表 11: 中学・高校・大学受験の分布と偏差値

 (略)


仮にある子供がいて、同世代の中で学力が上位10%でかなり賢かったとします。しかし中学受験は上位2割の子供の争いなので、その子は平均的でしかありません。つまり中学受験の偏差値は50近辺ということです(図表 11上段)。

 (略)

乱暴に言い切ってしまえば

中学50 ≒ 高校65 ≒ 大学55

ぐらいのイメージですかね。

(略)

地方出身親のための中学・大学受験 第2章 第6節 「率」で見ると全く違った風景になる

 ではそのような観点から、学校別の東京国公医率のランキングを見てみましょう(図表 3)。これはたまたま2019年のデータであって毎年変動するわけですが、考え方の一例として解説します。東大と京大の医学部は重複しているので除いています。また掲示板に貼ってあったデータを加工したものなので、間違いがあった場合はご容赦ください。

図表 3:  2019年の東大・京大・国公医率 

 



まずトップは東京の筑波大附属駒場高校、略して筑駒(つくこま)です。浪人も含めた数字では、なんと84%が東大・京大・国公立医学部レベルに入るというバケモノ学校です。それ以外の進学先を見ると東工大と一橋大がそれぞれ3名、阪大・神戸大・首都大学東京・東京農工大がそれぞれ1名と十分すぎる高学歴です。

筑駒の実績を調べてみると私立大にもそれなりに受かっていますが、学力の割に合格者が少ない気がします。やはり滑り止めや場慣れのために私大を受けようとも思わない人が大勢いるのではないかと推測します。基本的には早慶が多く、防衛医大・自治医大なども含めた医学部に合格していますから、やはりとんでもない学力を持った学校と言えるでしょう。たとえ私大に合格しても、進学を考えるのは浪人した後であることが多いようです。

(略)

地方出身親のための中学・大学受験 第2章 第4節 大学合格実績の基本は東大・京大・国公医合格率

 世間では、東大がブランド化しています。

東大をテーマにしたドラマ・漫画・テレビ番組はひとつの大きなジャンルとなっています。漫画で言えば「東京大学物語」「ドラゴン桜」。テレビでは「東大王」など名前を冠したクイズ番組もありますし、タレントが東大を目指す企画もしばしば目にします。東大生のユーチューバーも増えています。

しかしこと大学受験に関する限り、東大だけを最高峰だと考える風潮は時代遅れと言えるでしょう。もちろん東大は優秀な生徒を集めているのですが、各地域ともローカル化が進む中で京大を外すのは関西やその近辺の優秀層を見逃すことになります。そして東大・京大と同等かそれ以上の学力を必要とする医学部(医学科)を外して大学進学実績を語っても無意味なのです。


図表 2は国公立医学部医学科と東大・京大の理系学部の難易度(偏差値)を比較したものです。文系は医学部と比較できないため省略していることをご容赦ください。

図表 2: 国公立医学部医学科と東大・京大の偏差値を比較(理系のみ)


 

左側には東大・京大の学部別偏差値が並んでいます。まず驚いたのは偏差値的に「東大が完全に京大の上にいる」ことです。我々の時代にはもっと拮抗しており、京大の方が上回っている学部もあったように記憶しています。これも東京一極集中やローカル化の影響なのかもしれません。

それに対して右側の国公立医学部医学科の偏差値は、東大や京大とほぼ遜色ないことがわかります。東大・京大はもちろん阪大・東京医科歯科大・名古屋・九州まで、医学部は東大理一よりも難関か同等です。それ以外の国公医医は少なくとも京大レベルにあり、それを下回っている方がむしろ例外的という状況なのです。

したがって現在は、国公立医学部(医学科)を除外して大学合格実績を考えることに意味がなくなってしまったのです。

(略)